金藤理絵(かねとうりえ)リオ五輪競泳日本代表

金藤理絵 1988年9月8日生まれ 広島県庄原市出身 174 cm 67 kg A型

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■リオ五輪 派遣標準突破種目 200m平泳ぎ

■広島県立三次高校 東海大学体育学部 東海大学大学院 ぎふ瑞穂スポーツガーデン Jaked

■担当コーチ 加藤健志

■リオ五輪競泳日本代表、女性としては初のキャプテン

■ 日本選手権を振り返って

~辰巳が沸いた19秒台突入~

ゴールに向かって突き進む泳ぎを見ながら、ちらっ、ちらっと電光掲示板にも目をやる。ラスト50mは、快挙の瞬間が日本で、辰巳で見られる期待と興奮に、会場が一体となって声援を送った。

2分19秒65-。

自身が2月にマークした記録を0秒39上回る日本新。そして世界で5人目の2分19秒台突入と同時に、世界歴代でも5位に君臨する素晴らしい記録だった。

「150mのターンのとき、会場の声援で”日本記録ペースを上回っているのかな”って。この声援はすべて私へのものだと思って泳いでました(笑)」

「ゴールが近づくと、この大きな声援はいけてるの?ダメなの?どっち?って。タッチして”あーぁ”ってならないように必死でした。」

見つめていたのは記録だけ。最後はターンでほんの少しだけ横を見たというが、独泳とわかり自分の泳ぎに徹した。頼りは観客の声援のみ。なんと幸せな時間だったことか。

 

~必然の快記録マーク~

出せると期待をかけられた中で出す。これほどプレッシャーのかかるシュチュエーションはないが、今回の快挙は必然だった。

2月に日本記録を7年ぶりに更新する日本記録はをマークしていたのはもちろん、同じ大会の100mでは1分6秒58と自己ベストを0秒56も上回る秀逸の記録で、むしろこの100mでの記録の上げ幅に「金藤の進化」が見えていたのだ。

それを裏付ける様に、200m平泳ぎの準決勝で前半を1分7秒台(1分7秒94)のハイペースで入るシュミレーションも完了。

準決勝後には、「決勝も怖がらずに(100m)を入れれば、あとは少し余裕を持って泳いだ後半を目いっぱい上げるだけ。2分19秒台はしっかり見えている。」と自信をのぞかせていた。

これまでの金藤のレーススタイルは典型的な後半追い上げ型。しかし特に今年に入ってから前半から積極的に入るレースが多く見られるようになっていた。その変化について、日本新をマークした2月の豪州遠征直後にこう語っている。

「後半が強いと言われるけど、それは前半に余裕を持って入っているから。それなら誰でも上げられる。前半を突っ込むレースは後半の失速を考えると怖いけれど、それをやらなければ自分の殻は破れずいつまでたっても同じ。そこがまず、私が変わらなければならない部分だった。」

長身を活かした大きな泳ぎが特徴の金籐。しかし、少しテンポを上げて1ストロークにかかる出力を抑えたことで、前半が速くなったうえに後半にも余力を残せるラクで速い泳ぎが実現した。

もちろん、それらを可能にしたのはハードな練習だ。東海大学入学以来、師事する加藤健志コーチの厳しい練習は、今冬、キツさに輪がかかった。

「例えば朝練で8000mの練習をして、午後はウエイトだとしますよね。そうするとたいてい、よそのチームは午後はリカバリー程度のスイムなんです。それが加藤コーチの場合は平気で8000mの練習が出てくる。”ウソでしょ”って感じで…」

と、思い出すだけでもゾッとする内容だったというが、それを必死にやり抜いてきていた。驚異的記録を出す選手は恐ろしいほどの練習をやっている、まさにそれを地でいったのが、今大会の金藤なのである。

 

~応援してくれる人とともに~

今回で2度目のオリンピックとなるが、初めてのオリンピックは2008年の北京大会、大学2年のときだった。前回の2012年ロンドン五輪は200mで3位に敗れ出場ならず。一時は引退も考えたが、1年単位で自分に問いかけ、続けてきた。

そんな金籐が迷わず次年の現役続行を決めたのが2015年の夏。カザン世界選手権の200m6位となったことがきっかけだった。

「順位や記録よりも、積極性も何もない、あんな情けないレースを最後にしたくない。応援してくれた人たちの記憶に残るのがあんなレースになるのだけは絶対イヤだった」

金籐に引退を踏みとどまらせ、折れそうな気持を支えてくれたのは応援してくれる人たちだ。

「入場のときスタンドを見たら、オレンジ色は会社の人、青は大学の先輩や後輩。家族はもちろんたくさんの人に応援してもらえるありがたさに涙が出てきた。そんな人たちに対しても、4年前は”応えられなかったらどうしよう”だったのが今回は”私は幸せ者だな”と思えた」

苦しい時に勇気づけてくれた新たな力が秀逸記録を後押しした。

 

~リオ五輪も自然体で~

さて、記録の壁を突破したその先には、決戦の舞台が待っている。8年前の北京五輪、北島康介が世界新を出して誇らしげに表彰台に上がる姿を見て、「私も、いつか」と誓ったのだという。

8年越しで手にした願いをかなえるチャンス。しかし今の金籐は、気負うことなく自分自身をしっかり見つめ、描いた夢をつかもうとしている。

「メダルは欲しいし、金メダルを狙える位置でもあると思う。世界記録だって目指していきたい。でもそれより何より、自分の納得のいく泳ぎがしたい。そうすれば、おのずといい結果がついてくると思うから。」

記録の壁を破ったと同時に、自分の心の壁も突き破った金籐には、もう怖いものなど何もない。リオ五輪では思い切ったレースで悔いなき泳ぎを。その背中は、たくさんの人たちが押してくれる。

■外部リンク

金藤理絵-Wikipedia

金藤理絵オフィシャルブログ





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